エレカシブログ 俺の道

ロックバンド・エレファントカシマシ、宮本浩次ファンブログ

人生の正午過ぎくらいに

最近「good morning」と「扉」をよく聞いています。いよいよ年齢的には「午後」に差し掛かってきた模様だ。

  • 6.11記

宮本浩次縦横無尽の「完結編」、二次抽選以降を申し込む気力が無くなってしまった。注釈つき指定席もイープラスにて先着順で申し込めると言うことは分かっていたんだけれど、何故だかクリックすることが出来なかった。それで「ああ、完結編すら見られないんだな」とぼんやり考えながら過ごそうと思ったら、11日も急遽ヘンテコな仕事で出勤になり、「どの道見られなかったんじゃないか」。

一方、Twitter、コメント欄で「お譲りします」というお誘いを頂いて、本当に感謝で有り難い。
ですが自分なりのなんとなくのモラルとして「ブログを介してのチケットの融通は止めよう」というのがあり。まあ勿論記名者以外入場禁止というルールは守り、プラスして、ルール守った上でのチケット融通もやっちゃいかんな、と、10年位前から考えています。

話は極端かもしれませんが、贈収賄で有罪となった公務員の訴訟記録などを見ていると、本当に発端はちょっとしたモラルの崩壊、言わば「これくらいなら」というところから脱線が始まっていて、気づいたら修復不可能な所までモラルは逸脱して、いつしかそれらは法をも犯してしまう。
俺自身もそういった誘惑に弱いんじゃないかという自己診断をしていて、ならば自分自身に手枷足枷をしないと、どこからか崩壊してしまうんじゃないかという気持ちを持っている。モラルは常に崩れゆくものだと思うので、緊張感というか、「これはマズいな」というところは自重するようにしています。
勿論「知恵の共有」レベルならば全然いいと思っています。こうやってきちんとしたルートでチケット取ったとか、ライブでこんなこと言っていたとか、宮本はこんな本を読んでいるとかは非常に有り難いけれど、お金が絡んだり、チケット以降になると「こりゃいかん」と考えています。
現実の友人が読んだら「オマエがモラルとか言うな」と怒鳴られそうだけれど、本当に大好きなロックバンドだけに、意地と覚悟は張っていたい。

・・・好意でそういった話を頂いて居るのに、本当に面倒な男ですね。書きながらつくづく思います。


1ヶ月くらい前の話。
diamond.jp
これらの記事を読んでいて、「おお、いよいよ国立国会図書館にて宮本浩次の『明日に向かって歩け!』が見られるのか」といささか期待していましたが、残念。刊行年数がまだ浅すぎたようで、公開されていません。適当に「エレファントカシマシ」「宮本浩次」のキーワードで検索すると(後者は同姓同名の方がいるようです)、月刊の文藝春秋2000年5月号に「ロックの神髄」、また同年7月号に「私の散歩道」という記事を書いてきたことが見られる、けれど「著作権の範囲内のため」等々で公開はされていない。

一方で通常の本Verの「明日に向かって歩け!」はこの間まで貸し出し中の表記だったはずが、今は国立国会図書館に在庫(?)があるようです。AmazonKindle化のリクエストボタンが出来てから結構押してるけれど、まあ全く電子化の話がないですね。分からないけれど著者の意向でしょうか。ニーズは間違いなくあるはずですが。


今年中にはエレファントカシマシには会えるだろうか、「そちら方向」のニュースを期待したい。