エレカシブログ 俺の道

ロックバンド・エレファントカシマシ、宮本浩次ファンブログ

さらば「スッキリ」よ、男たちの2007-2023。

日テレ系「スッキリ」の終了報道もどこか現実味がなく、まあ年に数回流れているやつかと思っていたら、本当に2023年3月をもって終了。もはや「準々レギュラー」となっていたエレファントカシマシ宮本浩次。ここは勝手に男たちの友情の歴史ともいえる15年間を振り返ってみたい。

加藤浩次さんが「ガムシャラリーマン」という設定、そして音楽はお馴染みエレファントカシマシ「俺たちの明日」。このCMは本当によく見かけて、宮本も「ツアーの楽屋で流れてたりすると照れてしまう」とコメントしていた。ユニバーサルミュージックに移籍しての初弾。4人たちにとってもリスタート、エポックメイキングなこの曲こそ、加藤浩次さんとの友情の歴史のはじまりの曲であった。

  • 2007年10月末、宮本浩次「スッキリ」コメント出演。

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今考えると、加藤浩次さんは「塩対応」ですね。昔、書き起こしをしたのを再掲載します(今回は過去の記事を多数引用・貼り付けします。ご寛恕下さい)。



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宮「俺たちの自信作、新作『俺たちの明日』がウコンの力でタイアップになりまして、それで演じているのが加藤浩次さん。これは「浩次」と「浩次」との繋がりということで、共演が成立したということで、世の中なにしろ楽しく力強く生きていきましょう!ドーンと行きましょう!宮本でした」
 「(周囲のスタッフの人か石君に向かって)・・・もう一回やった方がいいかな?」
ナレーション「残念ながらお時間のようなので、いつものアレをお願い致します」
宮「スッキリのス!!!」 これが流れてVTR終了。
(注・この番組ではゲストで出た人が、自分の身体を使って「ス」の文字を表現するお約束があるんです)。
これを見ながら宮本がまさか「ス」をやるとは。そして細い宮本がやるから「ス」も細く出来てるんです(笑)。

カメラはスタジオに戻り、当時「スッキリエンタメ」、略して「スタメ」のコーナーを担当していた延友陽子さん登場。

延「エレファントカシマシの宮本さんからのメッセージ、加藤さんいかがでした?」
加「いや宮本さんってあんなくだけた方だったんですね」
延「熱い方なんですね」
加「手つきとか凄かったですね、こう(宮本の手つきの真似)」
テ「岡本太郎入ってたね!」
加「岡本太郎でしたね」
延「それにしても加藤さんCMピッタリでしたよね、お似合いです」
加「ああそうですか(笑)」
テ「これね、ずーっと続けていくといいね」
加「一応『ガムシャラリーマン』っていう設定なんですよ。2パターン撮ってて」
延「テリーさん上司役か何かがいいんじゃないですか」
テ「これいいですよ、ドラマになりそうで。加藤さんがね」
コ「ウコンって肝臓を守るってのがあるから、サラリーマンで飲まなきゃいけないけど疲れているから・・・っていうような役柄には加藤さんピッタリ」
(このコメンテーターの方はたまに見るいわゆる「タレント女医さん」なのですが、名前出てこない・・・、ごめんなさい)
加「いやナイスコメントありがとうございます!」
コ「スポンサーにお金出して貰って、映画作って貰おうか」
加「テリーさん監督やって下さいよ」
延「壮大な計画が・・・。明日11月からリリースされるとのことです」

男たちの歴史のきっかけは意外なところからやってきた。

  • 2007年末~2008年正月、加藤浩次「俺たちの明日」で号泣

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(この記事何度引用したことか、その割にこのラジオ音源は今は残っていない)。

当時ラジオを聞きながら嬉しかったのは勿論、反面「芸能界って凄いところだな」と思ったことがあって、自分が出演しているCMのテーマソングをマトモに聴いたことがない。まあそれはいいとして、この年末年始のカラオケがターニングポイント。ここから加藤浩次さんはすっかりエレファントカシマシに嵌まり、「全曲聴いた」、その後ラジオでも2008年のエレカシのライブ(当時の渋谷C.C.Lemonホール、いいライブだった)に行ったりと、徐々に深みにはまってゆく。

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この直前に宮本浩次は病気を発症してしまって・・・、代打・友情出演だったのでしょうか。熱唱しまくっています。

  • 2013年11月18日、エレカシ「初・スッキリ生出演」

宮本浩次の病気後の初テレビ生出演がスッキリで、この映像は今見ても面白い。
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加藤浩次さんの「レディー・ガガより緊張しています」は名言かつ本音だと思います。あの加藤浩次がガッチガチになっていて、宮本の一挙手一投足を見守っている。

ここからは本当に「スッキリ」の準々レギュラーのようになっていく。それこそピストン西沢さんのGROOVE LINEのように「季節のご挨拶」をしている。俺もエレカシの新春ライブや野音の翌日には「スッキリ」を録画して、取り上げられる様をチェックするようになっていた。

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  • 2015年11月18日、エレカシ「スッキリ」にて『RAINBOW』ナマ披露。

初出演から日付もピッタリ2年ぶり。四人で出て、宮本は石君とよくファミレスを行くという、なんだか今見たらそれだけでジンと来てしまう光景だ。

  • 2017年2月10日 デビュー30周年を記念し出演。

これは書き起こしも記事化もしていなかった!「俺たちの明日」を披露後、視聴者のリモコンの青or赤で「今宵の月のように」か「悲しみの果て」を投票し、結果「今宵の月のように」を披露(俺は腹黒いから、これ本当に投票した結果なのかなあ、と思ったりもします)。もっと「昔からのガチ勢」である本上まなみさんも熱視線で見ていたり、素敵な構成なので記事化しておけばよかった。

  • 2018年6月15日、エレカシ「スッキリ」にて『Easy Go』ナマ披露。

このタイミングも記事化していなかった。俺自身が忙しかったんだろうか、返す返すも残念・・・。



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5年前、スッキリにて初対面を果たした2人が、谷中敦さんを交えての熱い熱い対談。友情のステップアップをテレビ(スッキリ)を通じて見ることが出来るという、不思議ですよね。そして宮本浩次の名言『引きずり回して自由に向かう』。その後未公開編も放送され、先生「68平方米くらいの家に住みたい」大好きだなあ、こういう発言。
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  • 2019年10月25日、宮本浩次、天の声ゴールドとして出演。

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これも宮本っぷりが出ていてね。スタジオが「天の声の友達は誰?」(つまり誰が話してるの?)と聞いてるのに、宮本は「古美術商とか」と実生活の友人の職業を明かしていたり。『Do you remember?』のMVを見ながら「眼鏡をかけていても品が良い」(そりゃまあ確かに)。自身の声も「美声」(そりゃ誰でも知ってるさ)、アドリブ入れられると天然ぷりが出てしまうのが面白い。

  • 2020年3月4日 宮本浩次として「ハレルヤ」ナマ披露。

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ソロのテーマである「自由」を表現したいのかもう大暴れ。ただサブのスタッフさんはめっちゃくちゃ盛り上がってて、もうみんなファンになっちゃってるんじゃないでしょうか。


今、見返すとマスクをしている人がちらほらいらっしゃって、ああこの頃からコロナ広がり始めたんだ、と再認識させられます。そんな日々ももう3年になってしまう。

  • 2020年11月27日 宮本浩次として「あなた」「First Love」披露

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こう見ると、エレカシ宮本浩次としての新曲、アルバムの時に「勝負だ!」とばかりに出演していますね。いや実際真剣勝負なのだけれど。

  • 2020年7月「バンドやろうぜ 最終章」コメント出演

これはサプライズで登場したんでしたっけ。録画データが全く残っていない、残念・・・。

近藤春菜さんと水卜アナ卒業スペシャルと言うことで出演、こちらも録画データが残っていない。俺はこの頃何をしていたんだろう・・・。

  • 2021年10月7日 宮本浩次として「浮世小路のblues」披露。

こちらは録画しているも、記事化していない。これは正直に言うとこの頃のソロ活動に対して興味が無かったんですね。

  • 2022年11月3日 宮本浩次として「飾りじゃないのよ 涙は」披露

これについては前述したとおり。

HDDレコーダーに残っている限りのデータを出しましたが、あと1~2回サプライズで出てたりして抜けたりしてるんじゃないでしょうか。

長々と書きましたが、分かりやすい「男たちの出会いと友情の日々」の歴史だと思うんですよ。CMで共演してたのに全く知らなかった同士が、一方が曲を聴いて号泣。そして宮本浩次が病気療養中のベストアルバムCMに出演し、復帰後に初対面、初生歌。そしてその後はもう新曲・アルバム発売、「ここだ」という日に出演。
まだ「スッキリ」にも1~2回、いや「エレファントカシマシのデビュー35周年」と「番組ラスト」を考えると3回ぐらい出てもおかしくないですね。ありとあらゆるパターンで出演しているため、来春に向かって何か壮大な企画があがっていてもおかしくないと思います。
そしてこの関係は勿論「スッキリ」で終わるのではなく、まあ加藤浩次さんも、番組終了=再狂犬宣言もしていますし、スッキリが終わることによる時間的余裕も出てきて、かえって極楽とんぼ加藤浩次さんのラジオで延々と熱く語って欲しいですね。

男と男の出会いは熱く始まり、熱く続き、最後はどこか寂しいのかもしれないけれど、それが人生だとも思う。まずは「スッキリ」を4ヶ月、今度は4人でドンと飛ばして欲しいものだ。


(今日、店頭入荷日だった!)

うららかな秋の日に

特に記事タイトルが思い浮かばないので、外を見ながら。最近は天気が安定してますが、夜の日の入りの早さが冬の到来を予感させます。

というのも先日出演した日テレ系「スッキリ」でのやり取りが気になる。

俺は強い「4人での活動期待変換フィルター」を持っているため、余計そう聞こえるのかもしれません。また変な話、加藤浩次さんがカンペ・モニターを見ながら話しているのが信憑性(?)を持たせてると思う。というのもそれらの行為は事前に打ち合わせした(エレカシ側から、スッキリ側から出たかは分からないけれど)帰結である可能性が高く、つまり来年はデビュー35周年という打ち合わせを経ての会話のため、もう来年の何かしらの活動は既定路線で、そのための布石の会話に思える。さらに「フィルター」を変換させると、カヴァーアルバムとライブ活動は今年に詰め込んで、来年はエレカシ周年に合わせる(まあ毎年エレカシはフル稼働してほしいのですが)。ただ期待を込めすぎると反動の落胆が大きいので、「なればいいね!」ぐらいに留めておきたいと思います。
ただ「スッキリ」で、来年がデビュー35周年というやりとりが出たことは極めて示唆的だと考えている。

前から発送予定となっているPAO最新号がまだ来ていない。エレカシ野音振り返り+ロマンスの夜告知号となることが予想されますが、終盤の方にエレカシ新春のお知らせがあるかもしれませんね。ただその場合、「PAO会員情報解禁縛り」があると思うので、ブログでは変に黙らざるを得ない。はてさてどうなることやら。


  • 歩いてゆく。


これも気になった。カヴァーとなると結構な確率で母に触れますよね。今月はプロモーションで色々なメディアに出ると思うので、その想いというのも聞いてみたい。


ピストン西沢さんの「GROOVE LINE」で本人が銅像を希望していたため(笑)もっと発展的に企画を練っています。もう本格的に活動すべく社団法人立ち上げちゃおうと。
「顕彰会」というのは、日本全国では地元の偉人の功績を残すために、○○顕彰会と付けた団体が多いため、そこから頂きました。

具体的には北区赤羽にエレカシアーカイブス(記念館)の立ち上げ。音楽、系譜、記事など一般的な資料の他に、下記のモノは必須だな、と考えています。
(1)宮本浩次、若しくは4人の銅像(本人の強い希望による、という理由で)。
(2)日比谷野音のライブ時の精巧ミニチュア
(3)練習、レコーディングスタジオの精巧ミニチュア
(4)宮本が育った赤羽台団地の精巧ミニチュア

(1)~(3)は映像等で精緻なデータが残っているから高いレベルで復元は可能だと思う。(4)もラッキーなことに、宮本浩次週刊文春(2017年3月30日号)「新・家の履歴書」にて相当な詳細、間取りを語って、それが紙面上にて再現されている(「兄の机」「後に火鉢が置かれる場所」等細かすぎるレベルだ)。ましてや戦後の赤羽台団地というのは文化住宅として価値があるモノのため、赤羽台団地+宮本浩次の育った環境というのは、本当に後世に残す価値があると思います。
高度経済成長期に赤羽という場所に宮本浩次が育ち、メンバーと出会い、バブル期にデビュー。そして上り下りを経て35年というのは、何か歴史が生んだ産物、若しくは運命と必然に思えてならない。

kensetsu-hr.resocia.jp

kunishitei.bunka.go.jp
登録有形文化財(建造物) 旧赤羽台団地四二号棟 上記週刊文春によると、宮本浩次が三九号棟→一七号棟→十号棟ということで、これは是非歴史に、後世に残したい。

またそもそも国立歴史民俗博物館には原寸大のがあるため、それを「宮本邸」にアレンジすることは出来ると思う。
第6展示室|総合展示|展示のご案内|国立歴史民俗博物館

(5)レコーディングスタジオのVRセット
VRゴーグルを着けると、3Dでエレカシの練習・レコーディング模様が見られるというシロモノ。但し宮本浩次が「激しすぎる」ので、3分と見てられない(笑)。いやでも冗談ではなく、そういう資料を残したいと思う。

素材と情熱は持っているつもりなので、(事務所とレコード会社から絶対のNGは貰いながら)いつか実現したいものだ。しかし一方、宮本はピストン西沢さんのラジオにて「100年生きたとして」とコール アンド レスポンスと同じく宣言している。宮本が100歳の時にエレファントカシマシ顕彰会を開始したとしたら俺は85歳・・・。ソノトシデジツゲンデキルキガシナイ。なんとかそれまでに実現したいものだ。俺も出来れば余生(?)をこういった「日本文化を後世に残す」的な事をしたい。

売上や利益を残さないといけないサラリーマン生活をしていると、こういったことにやりがいを求めてしまう。いや本気で。他に良いアイデアがあれば是非教えてください。
やるからには真剣に取り組んで(?)行きたいと思っています。本格化したら日本、いや世界中の「ご同輩」からの寄贈も必須になると思うので、その際は大切に保管・展示・共有(アーカイヴス化)したいものです。

2022年9月27日 宮本浩次、『GROOVE LINE』ラスト出演。

俺はとんでもなく怠惰な人間で、10月初旬、もうradikoでも聴けなくなった頃にアップしようかと思ったら、1ヶ月以上も間が空いてしまう始末。こんなペースですが宜しければお付き合い下さい。
まあ余計なことはいいので、本編ですね。

「RAINBOW」が流れる中。
ピ 来ました!宮本浩次
宮 こんばんは、宮本でございます。本当お疲れ様でした。今日もこんな大切な中呼んで頂いて。
ピ この男のパワーを俺は吸収して生きてきた気がする。本当にありがとうございました!
宮 私、ピストンさんにサーキットに呼んで頂いて。一度だけしか行ったことないですけど。あんとき本当にご迷惑をおかけしちゃったのが、ヘアピンカーブというのがあったんですが、みなさん上手く、ピストンさんを油断してたというか、皆さん凄い方が、タイヤを替え持っている人たちが走ってたりして。私自分の車で行って、ヘアピンカーブって真っ正面が道がなくて、後ろの方に行かなきゃいけないから、毎回一時停止して、周りの人から「あいつあそこで止まっちゃって」と迷惑かけたのが、この場をお借りして、すみませんでした。
ピ あんときびっくりしたのがですね、宮本さんの車のボンネット開けて、そこに自分のビデオとかすっごいゴミが沢山入っていて。
宮 家の家財道具とか入っていて(笑)。
ピ そうそうそうそう(笑)、外車のスポーツカーなのに、ズラッーとそういうのが出てきてビックリしたのと、あとあんとき雪が降っていて、そのまま滑っていって、水の中に車ごと落っこって、大笑いしていたのを引いてて
宮 みんなでバケツで水を出していたのを横で見て、これは大丈夫なのかと思って。でもそのまんま帰ってましたからね。
ピ (車の)コンピューターをドライヤーで乾かして、エンジンかかるまで待ってたからね。
宮 楽しい思い出が沢山ありますけどね。
ピ HMVのスタジオで、今も話していたんですけど、宮本さんいきなり大暴れして机の上に立ってたのをずっと覚えてますよ。
宮 いやいやでも、ピストンさんのラジオ、ライブというか、コンサートに参加している感じっていうんですかね、普段と違う、乗せられるっていうんですかね。「ミヤジが来たぜ!」って、お客さんがいたじゃないですか。
ピ 店の中なのに阿鼻叫喚ですからね。ああいう空間って。ラジオってすごい力があるのに、今自分を全てさらけ出すというのがないですからね、あんまりね。
宮 あー。
ピ パワーを感じて頂けたと思いますよ。とにかく僕は、勝手だけれど仲間だと思っていて。思考回路や脳の構造やスイッチの入り方や好きなことなど、もう分かるんですよ!
宮 そうですか(笑)
ピ そこんところをちょっとくすぐると、入れ食い?と。宮本さん喜ばせるの上手ですよね?
宮 ファンの方とか、なんと言えばいいんですかね、憶測、奥底?表面じゃないところって言うのかな。そういうところをピストンさんと話していると、さらけ出される、自分では気づかないところというのを後で、結構短いこの5分10分というピストンさんのGROOVE LINEに出た後は、エレベーター内で憔悴っていうんですか、たった5分がライブ一本と言ったらあれですけど、楽しさと臨場感、普段出せない自分というのをさらけ出してたってのが帰りのエレベーターで「うわー」って顔が真っ青になってるくらい、エネルギーを使って。
ピ でもね、僕と同じ脳の構造とするとですよ、ドーパミンがバーッと出る、ダムが決壊するじゃないですか。それでライブ、ガーッと行けちゃうんだろうけど、僕らの頭の中って、身体関係なくドーパミン出すから、後から身体しんどいのが、後から分かる。
宮 そうですね、それはあるかもしれません。
ピ ライブとか・・・。
宮 コンサートとか、それはそうかもしれません。ライブってのはやはりいいことしか考えない。みんなそうだと思うんですけど、集中してるとね。集中できる場所があるってことはそういうことだから、やっぱコンサートとかリハーサルとか・・・。
ピ リハからその状態なの?
宮 そうですね、リハやっぱり本気でやらないとですね、最後はヘロヘロになるぐらいまでリハをやって、それでようやくちょうど良いくらいですかね。コンサート本番。
ピ メンバー、中学生くらいからでしたっけ?
宮 そう、中学、高校。四人なんですけど、四人のうち3人が中学校、1人が高校時代、40年になりますね。
ピ その頃から一緒ですから、おかしくなりようが。
宮 ああ、当時は分かってなかったというか、必死に週に2回3回練習して、修学旅行も行かないで練習して。そういう意味では40年・・・。
ピ 修学旅行のお金スタジオ代に使っちゃったの?
宮 いや、どうしたんですかね。最初に積み立ててたんですよ、高校時代は。親が積み立ててくれて、多分8割くらい返ってきたんじゃないですかね。あれ全額は返ってこないんですよ。8万円くらい返ってきた気がする。10万ぐらい積み立ててた・・・。
ピ なんで、それはパンクな精神で行かなかったの?
宮 いやいやリハがあるんですよ。週に2回リハをやってたので。
ピ 真面目、意外に。
宮 バンドのリハがあるから、修学旅行悪いけど行けないって。
ピ でも周りは理解しないじゃないですか。プロを目指したってさあ、みたいな。
宮 あぁー・・・・・・。
ピ そこはもう負けないで、四人で行くんだという。
宮 ところが深く考えてなかった。大人になったってのは、ここほんと4~5年ですね。ソロの活動を50歳の時くらいに、『冬の花』とかそういうコラボをやったりとかの中でちょっとだけ大人って言うかなんだろうな。自分の活動ってのを考えるようになりましたね。身体の疲れ方もちょっと違うから。10代20代の時とは違いますから。
ピ 凄かった、(椎名)林檎ちゃんとのミュージックステーション出たとき。
宮 楽しかったですね、あのとき。
ピ だって耳からドーパミン出てるの見えたもん、「入ってる、力」って。
宮 女の人や林檎さんという素敵な方とデュエットするというのが一つあるじゃないですか。格好いい人と歌を歌うってのは。で、ダンサーが一緒に居て、MVの時からそうなってて、ダンサーの人が居るんですよ。「獣ゆく細道」って。椎名さんと二人で歌うって事もかなり浮かれてているのに、女性のダンサーたちが私たちが歌っているところにいて、踊ってくれるんですよ。嬉しくて嬉しくて!しょうがないからダンスシーンが終わった後、私がアドリブでそのダンサーの人と踊ったら、それが面白いってMVの監督の児玉さんが、「宮本さんもう一回頭からやってください」って言われて、一人で最初から最後まで踊ってるシーンがあったりとか、どこかに、一人で踊ってるシーンとかがあると思いますよ。
ピ 凄いですね。
宮 見てこれ生放送って、楽しい・・・。
ピ わっはっはは!
宮 本当に楽しかったです、ありがとうございました。
ピ 俺も楽しかったんですよ、また遊びましょうね。
宮 是非お願いします。
ピ 色んなことして遊びたいんですけど、宮本さんね、結構真面目っていうか、ストイックだから自分のために時間を使うって事も多いと思うんだよ。そこんところは別に邪魔するつもりはないんですけど。
宮 いやそんな邪魔ってことはないんですよ(笑)。
ピ ダメですよ、もう、火鉢とかは。
宮 火鉢、火鉢はもう全然使ってないですね。一個。でも近代との出会いっていうかね、そういう古典的なモノも、和室とかにも憧れている時もありました。
ピ 今はどうですか?今いちばんこだわってるのは。
宮 結局1900・・・、ドイツとか車とかもそうなのかもしれないですけど、デザインっていうのが、ヨーロッパとかイタリア、フランス、ギリシャ、日本もそうですけど、中国、分からないですよ、色々そういう深いところまで行っちゃうとですね、私やっぱり追いつかない、そうするとドイツってどうなんですか、新興国なんですか?詳しくは知らないんですが、ヨーロッパの歴史とか。
ピ 新興国かどうかは分からないけど、他のデザイン性よりも工業的な・・・。
宮 そう!
ピ そういうところに目線が行っちゃってる。
宮 使いやすいんですよね、ドイツ、1930年代くらいの家具とかやっぱり好きですね。
ピ へえー、それはどこで入手・・・。
宮 もともと僕は無理矢理ですからね。好きなモノを無理矢理作るってところがあって、小学校の時もキーホルダー無理矢理集めたりだとか。収集家のクセはある、何かを集めなきゃいけない。工場行ったときのペナントとか、日光行くとキーホルダー買ってきたりだとか。昔ペナントとか飾ってたりする人居たじゃないですか。無理矢理キーホルダー集めたりだとか、ミニカーも集めてましたね。
ピ そういう人と違うところが全部音楽と歌い方と、存在になってますよ。宮本浩次は存在です。
宮 ありがとうございます(苦笑)
ピ 「在り方」ですよ。「こういうものなんだ!」っていう、「納得!」みたいな。
宮 まあそこまで行けるよう頑張りたいですね。
ピ いや行ってますって。行ってますよ。ちょっと一曲聴きましょうか。これも素晴らしいですよ、ベストアルバム「All Time Best」ファイティングマン入ってますよ。

『悲しみの果て』オンエア。

勝手に宮本浩次を「宮」、ピストン西沢さんを「ピ」と書き起こしてからも10年、一旦のラストのタイミングがやってきてしまった。
しかしこのトークもハチャメチャ縦横無尽なんですよ(笑)、上はおよそ10分程の息つく間もない話をほぼそのまま書いてますが、サーキットの話→ラジオ後の話→リハーサルの話→修学旅行の返戻金の話→椎名林檎さんとの話→ヨーロッパの文化と歴史の話→収集癖の話と滅茶苦茶、書き起こす方の身にもなって欲しい。
と、変な悲鳴をあげたくなるくらい、会話は途切れる間もなく続き、そこから意外なエピソードが出るのもこの番組の大きな魅力だったと思います。およそ40年前の修学旅行の返戻金の話なんて普通出ないですよ(笑)。最後のピストンさんの「存在」「在り方」という表現は納得で、私はもう「カテゴリ」「ジャンル」なのかなとも思います。宮本浩次エレファントカシマシというカテゴリやジャンル、そう表現してもいいくらいの存在位置になっていると思います。

サーキットの話は下記ブログを参照に。当時は宮本が「ブログ見させて貰って」と言って、『宮本浩次の口からブログって違和感あるなあ』と感じた記憶があります。ずいぶん遠くまできちまった。
ameblo.jp

男二人のトークはまだまだ続く・・・。

(悲しみの果て オンエア後)
ピ 最後、「オーイェー」って、(ハイテンションで)良いそうなのが言わないところが裏切るんですよ。
宮 ありがとうございます(苦笑)、サラッとしてますね、確かに。昔も憤慨するかヘソ曲げるか、そういう時があったんですよ、若いとき。訳わかってなかったんだろうなあ。
ピ 僕も色々失礼な時あったし、失敗もしてきましたけど、それがないと今はなかったので、僕的には良かったですけどね。
宮 私なんかでも、教習所で、免許が2年間・・・、あの時もピストさんに色々お世話になって、相談しちゃったりなんかしちゃったんですよね。一年間免許取消になっちゃった時があって、そんときに教習所にもう一回通ったときに、一緒に仲間が二人しか、オヤジが二人しかいなくて、私と50歳くらいのオヤジがもう一人居て、「ピストン西沢さんのラジオいつも聞いてました」って最後、言われましたよ、教習所で。何年前だろうな、そういうところでも楽しかった。「また出て下さい、ピストンさんの番組」って言われて。二人で免許取ってて、50歳で、人工呼吸ってありまして、あれでみんな10代だから恥ずかしがって、人形に口つけてやんなきゃいけない、私とオヤジで率先して口つけてやって、「なんとかAED、OK!」みたいなこともやりながら。
ピ (笑いすぎて拍手して)「蘇生しました!」なんて。
宮 オヤジと二人でやってみんなが盛り上がる、みたいな。そんときにオヤジが「ピストンさんのまたラジオ出て下さい」って。しゃべらないのに最後に「じゃあね」って言ったら「出て下さい!」って握手して帰ってきましたね、そういう事もありましたね。楽しかったですね。
ピ 現場本当に持って行きますね。持ってますね、そういうパワーを持ってるんですよ。宮本さんは。
宮 ありがとうございます。

今回一番笑ってしまったエピソード。ってか先生、違反累積かなんかで免許取消になってたんかい。もうクルマは事故のリスクがどうしてもあるから、無理しないで欲しいですね。その免許の再取得や教習所のシステム等々をピストン西沢さんに相談したのでしょうか。
それでもこのAEDのくだりなんかは目に浮かぶようでね。いつだって真剣勝負の宮本浩次が目の前の蘇生訓練に夢中になって。そしてもう一人の「地元のダンナ」がいい味出していて、目の前に宮本浩次が居るというのに、余計なことは喋らずに最後の最後に「ピストン西沢さんのラジオ出て下さい」って握手して別れるってのは、男臭いエピソードで大好きです。



ピ 宮本さん、ライブ疲れてやりたくないなと思っても次の日程来ちゃってやんなきゃなんないなかで、どうやってるんですか。パワー足りないときとかないんですか。
宮 もちろん、でもこれからどうなるか・・・、こないだもコンサート、ヘロヘロになって練習して、お客さんが来て野音で、何回目なんだろう、日比谷の野音ってところでこの間コンサートやったんですけれど、本当に、なんだろうなあ・・・。最高でしたね!
ピ 野音ねえ、子供の頃から野音よく行きましたもん。朝からずーっと、今でいうフェスみたいなこと、10バンドぐらい出るんですけど、好みのやつも好みじゃないやつもずーっと見てましたよ。それがね、アーカイブ配信があるようなんで、明日まで見れます(注・もうとっくに配信終了してます。俺が怠惰なだけです)。エレファントカシマシ日比谷野外大音楽堂2022,Streaming+です。明日いっぱい見れます。配信のチケットも買えますから。キャロルがアンプ燃やしたところちゃんと残ってました?
宮 あ、そういうのあるんですか?
ピ キャロル、最後の野音でアンプ燃やしたじゃないですか。
宮 床が?でも改装したかなんかで残ってないんじゃないかなあ。
ピ でも見えるんですよ、きっと。
宮 私、RCサクセションとか、ストリートスライダーズとか結構見に行きました。
ピ RCも見た。
宮 最高でしたね。
ピ そういう歴史の中に、自分が取り込まれていくってのは、音楽やってて、一つ感慨深いものが、今もう無いかもしれないけれど、最初あったでしょ?
宮 あー・・・、私たち、20、30何回やってるんですよ、野音、そんなにやってないのかな、一番多いらしいんですよ。32回?32回やってるんです。来年で100周年で、100周年で32回やってるって結構多いんですよね。そういうのを考えると組み込まれているというか、野音の凄い沢山出ている・・・。
ピ 逆に他の歴史に入るんじゃなくて、自分たちが野音の歴史作ったんですよ。
宮 いやいやそこまでは(笑)。
ピ 若いバンドがエレカシに憧れて、野音を観に行った人がこれから「ああ、エレカシと同じステージに立った」って思うんですよ。
宮 いやでも私たちは・・・、私、馬鹿って言っちゃいけないんだけど、自分のことを。そこまで意識してないんですよ、武道館とかも、そこまでそんな、だから・・・、オヤジくさいですね俺も。
ピ 分かります。
宮 そういう意味では100周年の凄い野音の歴史の中に組み込まれるって部分では、言われてみると、ピストンさんに指摘されて見ると。
ピ 誰かに教えて貰わないとダメです、やってることを。そういうことを気にしないで無頓着にがむしゃらにやってるから、それは誰かに言って貰うと分かりますよ、エレファントカシマシがどれだけ凄くて、宮本浩次の歌がどんだけ力があって、他のひととどんだけ違うか。違うんですもん。違うことはサイコーですよ。他にいないって事はサイコーですよ。
宮 すみません、ありがとうございます!
ピ 本当ですよ。
宮 うーん、まあちょっと、本当言うとそう思って自分ではやってるんですけどね。なかなか、私は自分では勿論人前で歌うってのは相当自信をもって、俺の歌が、当たり前ですけど。でも自分で言うとね、死んだあと。
ピ じゃあ俺が言いますよ。
宮 100歳、100年くらいは生きるかもしれないですけど、それまでにはいつか死ぬでしょ。その後に「宮本浩次は凄かった」って言ってくれるともう。だから死んだ後のためにも色々、家にもこう、宮本の趣味はこれだったという、今から伝説作りでもしちゃおうと(笑)。
ピ 博物館ですよもう。松井秀喜博物館みたいなもんですよ。
宮 生きてるうちには銅像立ててもらうかなと、生前に銅像立てて貰う。
ピ 銅像ですよ!(大拍手)
宮 銅像立てて貰おうかな。
ピ サイコーです、生きてるうちから。
宮 生きてるうちから銅像お願いします。
ピ そういう宮本浩次とも最後なんですけども、ピストン西沢がDJ Mixで。
宮 あれサイコーですよ!
ピ 「男は行く」からかけてくれない?「男は行く」、これね「ギターの音、誰が弾いてるんですか」って宮本さん言ってたけれど、エレカシの音ですよ。エレカシのライブから引っ張ってきたやつをテクノにしました。
宮 凄い格好いいんですよこれ、忘れられません。
ピ これだから思ったんですよ、ローリング・ストーンズのダンスのやつあるけど、エレカシでも出来る。
宮 本当にそうなんですよね。ビックリしました私。これが俺の歌か、と思いました。
ピ こんなに力ある人いないですもん。こういう音に乗っかる人、日本人にいないんですけど、だからいつかエレカシ版のですね、ローリング・ストーンズアンダーカヴァー・オブ・ザ・ナイトみたいなやつ、僕にやらせてください。リミックス。
宮 いやー、やっていただきたいですね。
ピ 本当に、いつでも出来ます。宮本浩次だったら、すっごい格好いい。
宮 これもう最高なんですよ。
ピ はい、宮本さん、本当に長い間ありがとうございました。これで関係終わりじゃないんで。また是非絡ませて下さい。
宮 宜しくお願いします。
ピ では西沢から愛を込めて、「男は行く」とかリミックスさせて頂きました。お聞き下さい!宮本さんありがとうございます!

「男は行く」Remixed by Piston Nishizawa
(これを合法的にサブスクとかで聴ける手段があれば、後からでも追記します)。

ピストン西沢さんの「逆に野音の歴史を作っている説」に深く納得してしまいました。「エレカシと同じステージに立ちたい」と思う人は居て、いつかそれが現実に、けれどそのエレカシも現役で、というのは理想ですよね。あまり湿っぽいラストにしなかったのはピストン西沢さんの流儀なのかもしれません。
「生きてるうちから銅像」には俺も腹抱えて笑っていたのですが、「あれ、銅像の記事っていつか書かなかったけ」とも思っていた。そしたらTwitterで教えて頂いて。


また一つ愚かな過去を見つけてしまった。こんなに真剣にかつ延々と書いていたんだ。5年半前か、赤羽も色々盛り上がっていた時期ですね。でも今だったらクラファンとかで本当に出来てしまいますね(権利関係とか色々難しい大人の事情は除いてね)。勿論このインチキ記事にある強度云々というのは冗談ですので、あの細い足でも耐えうる銅像は造れます。
エレカシ宮本浩次に関係するエイプリルフールネタはあと2くらい下書きにはあるんですが、いかんせん最近は宮本浩次が「あり得ないことをどんどんやり過ぎる」ので書けなくなってしまって。記事書いたとしても本当に読まれるんじゃないかという懸念もあって書けないんです。

エイプリルフールの話はどうでもいいですが、年に1~2回の男臭さ全開、脱線しまくりの熱いトークの機会も一旦は終了です。ただピストン西沢さんもYouTubeSNSを積極的に使う宣言をしているので、いつの日かまた別の舞台で復活するやもしれません。



他に思っていること、スッキリやうたコンの記事も書きたいのですが、今回はボリュームが多くなりすぎたので一旦締めて、そのうち(それがいつかが分からない)。

ピストン西沢さん、熱い熱い話をありがとうございました。10年以上こんな会話を聞かせて貰って、色々な角度から宮本浩次の意外エピソード、そして何より熱さとそれがもたらす波動を知ることが出来ました。