エレカシブログ 俺の道

ロックバンド・エレファントカシマシのファンブログ

名も無き記事

エレファントカシマシDBさんの管理人さんの日記にはいつも首肯することが多く
膝を打つようなこともママあるのですが、6月10日付の日記には異議を
唱えざるを得ないです。


>殺人を完遂したのに殺人未遂容疑って何のことだ.ヤツは超法規的措置
>福田か鳩山さんが死刑宣告したらいい。あんなヤツに弁護士つけて裁判する
>費用がもったいない。これについて文句があるヤツがいるだろうか。
>いるとしたらそいつもキチガイだ。


裁判を受ける権利は憲法上保障されているだとか、行政側の人間
福田首相や鳩山法相)が死刑宣告をする権利を持ち合わせていない
だとかいう理論は、この意見にはそぐわないものだろう。
でもそのような論理を超えても、裁判をする費用がもったいないと
言えるだろうか?
刑事裁判では傍聴している方が考え込んでしまうほど、被告人の
これまでの経歴が明らかになる。もちろん被告人の犯行の様態や
被害者遺族の処罰感情までがつまびらかにされる。
また法改正によって、「正式な形で」被害者遺族の方々が正式に裁判へと
参加出来るようになった。被告人に対する質問も直接行うことが出来る。


そのような審理の結果、犯行の事実が裁判所によって認定された上
被告人の情状、社会的影響、被害者遺族の処罰感情などを踏まえた上で
判決と量刑が下される。


「事件の真相を明らかにする」ことを疎かにしていいのだろうか。
「被害者・被害者遺族の意見」を疎かにしていいのだろうか。
それらを抜きにして「処罰」を下すことが果たして正しいのだろうか。


私はそれらが正しいとは決して思えない。
例え裁判費用や弁護士費用に税金をかけようとも、審理に日時を
費やそうとも、裁判をする意味は絶対にあるはずだ。
そこから見えてくる「何か」が絶対にあるはずだ、と確信しています。
そう意見する者が「キチガイ」と呼ばれるなら、甘んじて受けます。
どちらが正しいと思うかは、読んでいる方が判断してもらえれば結構です。


最後に、これは前にも紹介しましたが、死刑について考えるなら是非とも
この本を、というのを紹介しておきます。
筆者はニュートラルな位置から、「死刑についてのロードムービー」を
行うことによって、この国の死刑制度についての考察をしています。
個人的にはこの本ほど死刑について考えさせられた本はないです。
機会があれば是非触れてみることをお勧めいたします。




【追記】 2008年6月12日22時20分
読んで下さるは「何をそんなに真剣に書いて・・・」等々半ば呆れ気味に
思っている方も多いかと思いますが、そりゃ自分でも分かっております。
ただこのブログではどんなことでも思ったことは素直に書く、おかしいと
思ったことは真剣に調べる、やると決めたことはやる、みたいなことを
モットーとして一言一句真剣に書いています。
有言実行、といういささかカッコよさげな言葉を使うつもりはありませんが
その信念だけは曲げずに、これからもエレカシや世の中諸々について
色んなことを書いていきますので、それについていける方、理解して
下さる方はこれからも読んでいただければと思います。
それに対して意見がある、反論があるという方はいつでもコメント欄
(多忙につきたまに閉鎖してしまいますが・・・)かメール(こちらは
いつでも大丈夫です)にてご意見を頂ければと思います。