エレカシブログ 俺の道

ロックバンド・エレファントカシマシ、宮本浩次ファンブログ

藤田伸二著 「騎手の一分」 (講談社現代新書)を読む

このブログは「エレカシブログ 俺の道」というタイトル通り、普段はロックバンド、エレファントカシマシ宮本浩次)のことを中心に書いています。
そして宮本浩次の次に好きな男である藤田伸二騎手が今日(2013年5月17日)発売の本で思いを詰め込んだ本を書いたので、それについて色々と書きたいのですが
普段エレカシについて書いてるブログに突如藤田伸二のことを書いても、読んでる人は「???」になると思うので、ブログの日付をずらしています。
せっかくなので、僕が藤田のファンになってから初めてG1を勝った日付、2008年5月18日(エイジアンウインズに騎乗してヴィクトリアマイルを制覇)にしました。
記事を書いてる時間自体は本書の発売日である2013年5月17日の深夜です。


この本が発売されると告知されたのは一ヶ月前の4月17日ぐらいだったと思うんですが、タイトルは格好いいとしても、目次を読んだ瞬間、「引退なのかな」と覚悟しました。
「序章 さらば競馬界」から始まって、「エージェントの力が全て」「なぜ武豊は勝てなくなったのか」、赤裸々な見出しが並び、「終章 最後に伝えたかったこと」。


安定期には年間100勝前後をコンスタントに記録していたのに、ここ数年は勝ち鞍自体も減り、去年は31勝。
重賞も勝てずに、デビューした年から21年続いていた連続重賞制覇記録も途絶えてしまった。口の悪い言い方をすれば「落ち目」である。
勝ち鞍も減って、一見ネガティブな単語が続く目次、男・藤田伸二もこれまでか・・・。そんなことを思いながら、本の発売を一ヶ月待っていた。


余談になりますが、この本は当初Amazonで予約したんだけれど、発売日になっても一向に発送メールが来ないので、発売日午後にはAmazonでの予約をキャンセルして
本屋さんで購入したんですが、競馬本としてはものすごく売れてるんですね。発売日夜時点でAmazonの競馬本ランキングで1位どころか、全体ベストセラーで5位(!)。

Amazonで発売日になっても発送されなかったのは、予想以上に売れて在庫がなくなったせいなのかもしれまん。出版社自体も驚いてると思います。



序章でアンカツさんの引退について書いた後、それより前に引退した兄弟子である石橋守元騎手についての引退式に触れる。
(以下、引用部分は基本的に「騎手の一分」より)。

石橋さんは俺の兄弟子だから、引退式のとき、騎手会長のユタカさんと兄弟子の俺が二人で花を贈った。その時は少し目が潤んでいたよ。
ただ、もう少し早く、たとえばメイショウサムソンの引退後、それほど経たないうちに調教師試験を受けて合格してくれれば
俺も騎手として石橋厩舎に貢献できたかなあ、と思う。石橋さんが開業した時、まだ現役でいれるかどうかわからないからね。
(10頁)

「この本をもって引退」ということではなく、「藤田伸二という一人の現役騎手が思うこと」「どうしても伝えたい今の競馬界の現状」というテイストが漂う。

俺は勉強が出来ないから、大卒の人間と一緒に調教師の試験を受けても合格するとは思えない。周りは「ダービージョッキーなんだから勉強したら受かるよ」
と言ってくれるけど、ヘンな同情で受かるのはイヤだし、そこまでする闘志が湧かなかった。
(15頁)

言葉は悪いかもしれないが、俺が外部の人間なら言わないけれど、内部にいていい成績も残させてもあった俺だからこそ、言っていいこともあるでしょう、ってこと。
もしが俺がちっぽけな成績しか残してないなら、そんなえらそうなことは言えない。でも、今なら言えるよって。
だから、一人の騎手として「これだけは譲れない」ってことをまとめたのが、この『騎手の一分』というわけ。
(17頁)

藤田伸二という男は競馬界から毀誉褒貶が激しい人で、好きな人は徹底的に好きだけれど、嫌いな人は徹底的に嫌いという風潮があると思います。
当然この本の評価も様々だと思いますが、一つ大きく評価出来ると思うのは「現役時代にこの本を書ききった」ということ。
辞めてからJRA批判、業界批判をしても「辞めて自由な立場になってから言いやがって」という批判にさらされるはず。
発売日は金曜日で、明日になればまた競馬が始まる。そんな中で現役騎手が自分が置かれている現状について、批判も込めて書く勇気は素直に評価されるべき。
(もっとも『批判しているJRAに所属して賞金の5%を受け取って、様々なメリットを受けながら悪口を書くなんて』と思う人もいるでしょうが、そこは受け手次第だと思います)。


「今のリーディングジョッキーが人気馬に乗っても、今ひとつ馬券を買う気になれない。だけど、唯一名前で勝負できる男が藤田伸二なんだよ」
競馬好きの俺の友達はそう言ってくれた。
「辞める前にもう一度、デカいレースを勝って欲しい」と言われたこともある。
その言葉はうれしいけど、もう二度とそういうことは起こらないかもしれない。
だって、しかるべきタイミングが来たら、俺は俺らしく、静かにステッキを置くつもりだから。
(24頁)

僕もその友達と全く同じ意見だ。そして同じ言葉を藤田伸二に伝えたい。まだまだデカいレースを勝ってくれ、藤田。



藤田伸二は「態度悪い」というイメージも強いのですが、極端に制裁が少ないフェアプレーヤーであることも紛れもない事実。藤田は具体的な事例も挙げて解説する。

2012年11月、メインレースの貴船ステークスで騎乗したズンダモチだって、4コーナーを回るときにもっと前に行けば2着はあった。
勝ち負けだってあったかもしれない(結果は3着)。
でも斜め前にいた川島(川島信二騎手)が、コーナーを回っているのにバンバン鞭を入れている。
あんなことされたら普通は馬は嫌がってヨレて(ふらついて)しまう。たまたま素直な馬だったから、そこまで危なくはなかったけど。
だからレース後に川島を呼んでこう言ったんだ。「お前なあ、コーナーで鞭をあんなに入れてどうする?」って。
トロールフィルムを見ながら、「お前は(行けると)自信があったのかもしれんが、後ろの人間はたまらんぞ。
よっぽど名前を呼んで怒鳴ってやろうと思ったけど、下の名前が同じ(シンジ)だから言えんかったわ(笑)」と伝えると
一緒に見ていた裁決委員も笑いながら「確かに言う通りだ」って。
(40頁)

ラッキーなことに、ここ数年レース中の事故で亡くなっている騎手がいないせいか、今は全体的にラフプレーに甘くなっている気がします。
「多少危険かもしれないけれど、一つでも上の着順を!そのためには強引な騎乗もやむを得ない」という意見もあるかもしれない。
けれど、もし競走中に事故が起きて、騎手が亡くなりでもしたら一気に世論の風向きは変わって「あの騎手は普段から制裁が多かった」となるんだろう。
そんなことを事故の後に言っても遅い。あまりに危険な騎乗を繰り返す騎手には騎手免許を取り消してしまうべきと思います。

ところが今は、成績がいい人が腕もないのに若手を威圧している。康誠とか祐一(福永祐一)は、しょっちゅう制裁を食らっているけれど
それでいてジョッキールームでは若手に対して「危ないじゃないか」と怒っている。俺が近くを通ると、怒るのを止めるけどね。
ユウガ(川田将雅騎手)が若い騎手に怒っていた時も、俺は「えらそうに言うな、お前だって同じことをやっているだろ」って言ったよ。
(42頁)

こういう態度を取る藤田にも批判はあると思います。個人的には例え波風を立てようとも言いたいことを言える人間を支持したい。


正直言って、この本の中には以前の発言と矛盾するところもあります。一つ見つけたのは「一頭入魂」の欄。

実は、ヒルノダムール天皇賞・春の時や、トランセンドフェブラリーステークスの時は、他にあった依頼をすべて断って
その日はその1頭にしか乗っていなかった(今は、別に断っていないのに、1頭しか依頼がない時があるけどね)。
こうした「一頭入魂」の時は、たしか4戦3勝ぐらいしている。まさに魂が入っているんだ。
(52頁)

以前フジテレビONEの「武豊TV!」にゲスト出演して、トランセンドフェブラリーステークスの回顧をしたときに、一頭入魂について
「登録していただいた馬は何頭もいたんですけど、すべて除外になったり、急遽回避するという形になって、最終的に一頭だけになってしまったんです。
 僕もデビュー以来ケガや騎乗停止以外で休みになったのは初めてだったんで、家ですっごい凹んでました」。
藤田が意図的に一頭入魂にして、でもテレビ用に照れ隠しで「除外とかになって凹んだ」という表現を使ったのか、テレビの通りにたまたま一頭になったのか。
またこのフェブラリーステークスの時は本当に騎乗数が減っていたので、依頼自体がなくて結果的に一頭入魂になったのか、本当の所は分かりません。



岡部幸雄元騎手についても語る。具体的に鞭を使った技術面について、そして最後は意外な面について(笑)。

今、現役の騎手で岡部さんの持つ技術に近いのは、カッちゃん(田中勝春騎手)ぐらい。
うまく後輩たちに受け継がれていけばよかったんだろうけど、岡部さんは昔からよく言えば孤高の人だった。
かつて行われた騎手や競馬関係者による親睦会で、騎手が裸になって踊ることがあって、岡部さんもパンツ一丁で騒いでいたんだけど、周りに人が集まっていた記憶もないし。
その圧倒的な実績ゆえに、人を寄せ付けないというか、後輩たちの中でもなかなか声をかけづらい部分があったんだと思う。
(65頁)

今やJRAのアドバイザーとして、また解説者として朴訥と語る岡部さんからは想像出来ませんが、昔は色々とヤンチャしていたようです。
こういうエピソードを聞くと、同じく孤高の存在であるイチローと重なる部分があるのかもしれません。


現役騎手ならではの騎乗論は続く。岩田康誠騎手の激しいアクション、「トントン」とも呼ばれる騎乗法について語ったあと。

だから、エビちゃん蛯名正義騎手)が岩田のマネをして尻をトントンつけているんだけれど、あれには大反対だ。
誰に言われたのか最近は止めているけど、まだ時々やっている。あれほどの実績がある人が。
(74頁)

去年1月に放送された「武豊TV!新春座談会」にて岩田康誠騎手が「最近、僕の騎乗フォームをみんなマネしてて、JRAに騎乗法がうつってしまった気がするんです。
最近だと蛯名さんがそうなってませんか?」と言い、横に居た(唯一関東騎手として出ていた)田中勝春騎手が苦笑いしながら「言えない」と応えてた場面が思い出される。
今更蛯名騎手ほどのベテランが騎乗フォームを大胆に試行錯誤するとも考えにくいので、オーナーや関係者向けにパフォーマンスとして「トントン」をしているのかもしれないです。


福永祐一は懐を開きすぎている」という項では、二枚の写真を使って具体的に解説しています。これについては実際に読んでみて下さい。



藤田伸二がこれだけ数を勝てた要因、そして皮肉なことに藤田にとって引退が近づいている要因となっている競馬界における義理人情の薄れについて。

今の俺があるのは、田原さんのような騎手仲間だけではなく、厩務員さんをはじめとする、多くの人々の支えや教えがあったおかげだ。
これは、第1章で「自分一人の力で勝っているわけではない」とか、さっき四位のところで話した「人間づきあいの『上手』さも必要ってことにも通じるんだけど
そうした感謝の念を持って振る舞えないようでは、いくら上手い技術があったとしても、誰も馬には乗せてくれないからだ。
たとえば、俺が北海道シリーズで連続リーディングを取っている頃だと、1レースについて平均で4〜5頭ぐらいの騎乗依頼があった。
その中から一番いいのを選ぶことが出来ていただから、そりゃ勝てるよね。
その際の選択基準は、新馬戦以外なら前走が2着とかこれまでの成績がいい馬。ただ、よく依頼してくれる調教師や馬主さんから頼まれたときは
その馬を優先して乗っていた。俺は義理人情を大切にしてきたからね。
今まで出した本にも書いてきたんだけど、デビュー以来、俺が一番世話になり、俺を育ててくれたのは、多くの厩務員さんだと思っている。
(84頁)

僕が藤田伸二の深いファンになるきっかけとなったのは、この「義理人情を大事にする姿勢」というのがあったのですが、時代の流れと共に
競馬界全体がドライとなり、騎乗依頼はエージェントを通じて、そして頻繁に外国人騎手へと乗り替わりという現状では、義理人情もへったくれもない。
ただ義理人情が全く無くなったという訳ではないだろうから、数は少なくなったかもしれないけれど、義理人情を重んじてくれる関係者を通じて、これからも勝って欲しい。


本書の内容は本当に多岐に渡る。競馬新聞や予想、いわゆるヤリ・ヤラズについても述べている。

優馬』のように他の記者と同じ馬には◎をつけない新聞がある。そうなるといろんな馬に◎がついているから、乗っている側からすると、やる気が出ないことがある。
(中略)
その一方で、同じ馬に◎がいくつもついている『競馬ブック』のような新聞もある。俺たちはそれを見て、「これは勝てる」と思ってテンションが上がったり
陣営がいいムードになったりすることもある。
しかし、いずれにしても、◎がついている馬が必ずしもレースで勝てるとは限らないってことは、みなさんもよくご存じの通りだ。
(90頁)

優馬を見たことがないので、他の記者と同じ馬には◎をつけない新聞だったってことは知らなかった。
ちなみに藤田はレース前には『ブック』を熟読するようです。これは想定が組まれていて、関係者必携である『週刊競馬ブック』の新聞だからでしょう。
多くのジョッキーは『ブック』をよく読んでいるようです。


藤田は覚悟をくくっているのか、具体的な馬名や調教師、オーナーについても時に実名で、時に匿名でも誰にでも分かる形でストレートに書き綴っている。

以前、ある厩舎にカートゥーンという馬がいて、初戦を3コーナーからマクって圧勝した。
性格が借りてきた猫のようにおとなしい馬で、帰ってきて「この馬はいいところ行きますよ、絶対重賞を勝てますよ」って先生にも言ったんだ。
ところが2戦目に乗ったら、驚くほど気性の荒い馬になっていた。なぜか。
その先生はいろんな馬具(メンコ、ブリンカーシャドーロールチークピーシーズなど)に頼って、馬をおとなしくさせようとすることが多い。
レースで勝てる「強い馬」にするために、なんとか馬の集中力を高めたり、恐怖心を克服させたりしようと、そうした道具をつけているんだろうけれど
馬によっては嫌がり、イライラしてレース前から汗だくなっていて、とても競馬どころじゃなくなってしまうのもいるんだ。
2戦目の結果は4着で、3戦目も6着。俺は思わず「もともとおとなしい馬だったのを、こんな風にしたのはあんたらのせいだぞ」とキレたので
それから7〜8年ぐらい、その厩舎からは「藤田は乗せない」となってしまったけどね。
ただ、カートゥーンは俺が主戦を離れたあと、調教助手とかが直したら、準オープンを勝つところまでは行っている。
要は、道具も使いようだよ。矯正道具に頼ってもそれだけで馬が変わりはしないだろうし。
(106頁)

・・・読んでるこちらがドキドキしてしまう。
普通、こういうことを書くときは、馬名も伏せて「以前、素質のある馬が・・・」ぐらいに濁すだろう。
さすがに調教師の名前は書いていないが、馬名を書いている以上、調べればすぐ分かってしまう。それは藤田も百も承知のはずだ。
また怖いのはこの調教師とは復縁(?)して、今でもたまにこの厩舎の馬には騎乗している。
言わば現役騎手から現役調教師の(過去のこととはいえ)公開ダメ出しになるわけで、率直な物言いをする藤田らしいと思うと同時に、この本についての覚悟が見える。


道具を使ってのクセの矯正については本当に調教師によってそれぞれで、例えば森秀行調教師なんかは出来るだけ道具を使わない方針だ。
森先生は「短所を無理に治すよりは、出来るだけ長所を伸ばす」考え方で、個人的にはそちらに同意するけれど、こればっかりは完全な正解はなく
試行錯誤を繰り返しながら、最終的には結果によって評価されるのがこの世界なんだと思います。


調教法だけではなく、本業の騎乗法についても藤田は具体的に、そして熱く書く。

2012年10月の長岡京ステークスでシャイニーホークに騎乗した際、競り合った竜二(和田竜二)はハミをかけて必死で追っていたけど
俺はゴール直前になって手綱をしごくのをやめ、馬の口と首をフリーにした。
ハミをかけられていた馬(ウエストエンド)はもう首が上がらずいっぱいいっぱいの状態だったけど、こちらは最後の最後、馬の首を掴むようにしていた
両腕の力をなくすことで、アタマ差で交わせた。
(113頁)

ここまで具体的に書いてくれると、こちらも真剣にレースリプレイを見てしまう。
今は過去のレースもレーシングビュアー等で簡単に高画質で見られるから、このレースも見ることが出来て、レース前の攻防も「なるほど」と頷きながら見てしまった。
藤田の高度な騎乗力は勿論、こういう風に具体的に、かつ分かりやすく書ける表現力というのももっと評価されてもいい気がする。


「なぜ武豊は勝てなくなったか」という項では、エージェントが力を増してきたことを具体的に書く。

俺がつまらないのは、エージェントの実績や力加減、契約している騎手の序列を見れば、毎年1月1日の段階で誰がその年のリーディングを取るか
大体見当がついてしまうってことだ。
もともと競馬専門紙の記者には、それぞれ長年の取材を通じて親しくなった馬主や調教師がいる。
だから、強い馬を多く輩出する馬主や、それを手掛ける調教師に食い込んでいる記者(エージェント)の元には、より強い馬の騎乗依頼が数多く届く。
(122頁)

「開成調教師」こと矢作芳人調教師も、自著の中で、厩舎にて各専門紙の記者を集めて、どのレースにどんな馬が集まるのか「作戦会議」を開くと
本に書いていて、5月12日に放送された「情熱大陸」でもその模様が放送された。矢作先生としては不正なことをやっているつもりはないし
オープンにやっているという姿勢を見せるため、本に書いたり、テレビにその模様を出させているんだろう。
けれど、ファンとしては、予想紙の記者がある厩舎に集まって、他の厩舎の馬について報告して「作戦会議」に出るという光景にまず違和感を持つ。
そしてその記者たちはエージェントとして調教師と騎手の仲介をし、エージェントフィーを稼ぐ。一方では新聞で素知らぬふりをして予想を披露する。
一方では、今はそんな構図があることをファンの多くも知ってしまっている。
競馬予想紙が軒並み部数を減らしているのも、こういう不透明な関係が続いていることとも無関係ではないような気がします。


藤田はさらに最近の例も出して、露骨な乗り替わりの例も出す。

たとえば、昨年秋に開催されたベゴニア賞。ミルコ(ミルコ・デムーロ)が乗って勝ったロゴタイプは、もともと一誠(村田一誠)がずっと乗っていた馬なんだよ。
一誠は、毎日美浦に通って調教にもつきっきりで、デビュー前から「この馬は走る、絶対話したくない」ってホレ込んでいた。
ベゴニア賞の前の札幌2歳ステークスでは逃げを演じたけど、それはスピードがある馬だし小回りだから逃げたのであって、飛ばしすぎみたいな間違った騎乗はまったくしていない。
なのに、すぐにクビを切って、はい、ミルコが来ましたと言って替える。
ベゴニア賞の後、ミルコが乗ったロゴタイプは朝日杯フューチャリティーステークスや皐月賞を勝っているけど、エージェントや馬主は、一生懸命やってきた
一誠の気持ちを何だと思っているんだろう。
(126頁)

この後の話はオルフェーヴルの乗り替わりへと続く。
正直、誰が悪いのか僕には判断出来ない。オーナーにとっては一流の勝負強い騎手に頼みたいだろうし(村田一誠騎手が下手とか勝負弱いという訳ではなく)
出来る事ならば最善のことをやりたいというのは誰だって同じだと思う。ただ現実として古き良き日本の競馬の構図が崩れつつあるのも事実。

あらためていうまでもなく、俺は外国人騎手に乗り替わりをさせる、大手クラブを批判するつもりなんてない。
場の論理で中小牧場の廃業や個人馬主の撤退が増えたり、競走馬の数が減ってきているのは、大手クラブのせいだなんていう人もいるようだけど、俺は違うと思う。
あくまでも彼らはルールに基づき、そのルールの範囲内で乗り替わりを指示し、規模を拡大させているにすぎないんだから。
(134頁)


ファン心理では分かりづらい、逆に言うと騎手だけが知っているリアルな肌感覚も藤田は伝える。

ミルコのように、一部の外国人騎手が活躍したおかげで「みんな上手い」というイメージがついているようだけど、実際には、そんな上手い騎手ばかりではない。
失敗をしたってすぐに国に帰って、ほとぼりが冷めた頃に戻ってくる。そうなうと日本人には悪いイメージは残っていない。
それに対し、俺ら日本人はずっといて、自宅は厩舎の近くにあるから、一度ミスしたら悪いイメージばかりがずっと残ったりする。
ミスした馬の調教助手や厩務員と近所ですれ違って気まずい思いをしたことも多々ある。その差は大きいよ。
(136頁)

確かに下手な外国人騎手も沢山来日していて、「なんじゃこの下手な騎手は?」と思っているうちに帰国しちゃって、また違う外人が来たり、忘れた頃に下手な騎手がまた来たりする。
そして藤田の指摘通り、「ご近所」という物理的な近さ、そして案外名前(外国人の名前はすぐ忘れるけれど、日本人の騎手の名前は覚える)のイメージというのも多いのかもしれません。


「ある有力馬主との確執」という項では、こちらも実名は書いてないけれども、読めば一目瞭然な確執をリアルに書く。

実は、俺もユタカさんより前にこの馬主とはケンカ別れしていたから、ユタカさんには「俺はもう(あの馬主の馬には)乗らない」っていう話はしてあった。
だから、香港での出来事のあと(注・本には武豊騎手と馬主のやりとりも書かれている)、ユタカさんとは「これでどっちも、あの勝負服は着ないね」という会話を交わしたんだ。
そしたら2009年のワールドスーパージョッキーズシリーズで、登録されていたその馬主の馬2頭に乗る騎手が、抽選で俺とユタカさんになってしまった時は
「嫌がらせかよ」って思ったよ、本当に。
(141頁)

これはもう当時、藤田がブログで記事にしてますからね(笑)。
http://ameblo.jp/fujitashinji/entry-10402728481.html
近藤利一オーナーはアクが強いし、武豊騎手だって騎手をやっている以上アクが強いというか、譲れないところは譲れない。藤田は言わずもがな。
自己主張強い同士がいずれぶつかるのは必然で、あとはそのタイミングがいつかなんだという話なんだと思います。どっちが悪いとかではなく。


終盤につれ、話は競馬界の将来へ。

で、俺が一番危惧しているのは、将来の日本競馬界を支えるべき競馬学校の応募者数が、最盛期の2割以下に減ってしまったこと。
2割減ったんじゃないよ、2割以下に減っているんだ。
1997年には761人いたのに、2010年にはたった148人しか、競馬学校を受験しなかった。子供の数が少なくなってきているとはいえ、いくらなんでも減りすぎでしょう、これは。
(158頁)

今の競馬学校はめちゃくちゃなハイリスク・ローリターン状態なのは間違いないと思います。
昔は学費はなく、逆に月6000円のお小遣いが出た。今は数百万単位の学費の負担があり、そして入学したとしても、かなりの数が中途退学してしまう。
(能力不足や体重増加など仕方のない面もあるかもしれないけれど、それにしても「○○騎手の子供が入学」と記事になりながら、いつの間にか辞めてしまう)。
無事に騎手になれたとしても、騎乗機会は少ない。減量が切られると一気に騎乗数が減ってしまい、いつの間にかひっそりと引退してしまう。
競馬ファンの方なら百も承知でしょうけど、もう若手だと誰が引退したんだか分からなくなってしまうくらい、年々騎手の引退は増加している。



藤田は競馬界について語っているはずなのに、読んでいるこちらがドキリとしてしまうような、競馬界と今の日本の社会に似た構図を指摘する。

若手騎手の頑張りを、周りがなかなか認めない時代になっていると言うのかな。ちょっとした失敗でも受け入れてくれない人が多いから
騎手も守りに入っているというか、思い切って乗ってくれない人が目立つ。乗り方の指示に従わず、不平不満を口にしようものなら
「いくらでも代わりはいるよ」とばかりに、切り捨てられるので怖いんだ。
最近売り出してきている騎手には、あまり個性が感じられない。
いや、本当は個性があって、魅力のある、おもしろいヤツなのかもしれないんだけど、周りがそれを許さないというか、騎手の個性の芽を摘んでしまっているように感じる。
(162頁)

これは「騎手」の部分を「サラリーマン」や「学生」とそのまま読み替えても通用してしまうような指摘。
ただ自分自身の反省も込めて言うなら、個性は出す時は出さないと、いつまでも伸びずに、逆にどんどん萎縮してしまう気がします。
時代のせいばかいにしていてばかりじゃダメだと思います。踏み出すときは正々堂々と踏み出して、自分を強く出す必要があると思います。


本も最後にさしかかり、「あとがき」ではディープスカイNHKマイルカップの話。

四位の騎乗で毎日杯を勝った後のNHKマイルカップの時、昆先生から「伸二、乗るか?」と声をかけてもらったので、ディープスカイに乗る権利はあったんだけど
同じく出馬を予定していたダンツキッスイを管理する橋本壽正元調教師が、ちょうどそのころ病気で体調を悪くしていて「最後のG1だし、車椅子に乗っていてでも見に行くから」
とまで言ってくれていた。そりゃあ、勝ち負けになるのはディープスカイのほうだと思っていたけど、ここは義理はとって「すいません、俺、ダンツの馬に乗りますわ」と
昆先生に断りを入れたんだ。
橋本先生はNHKマイルカップの5日後に亡くなった。もちろん、ダンツキッスイを選んだことに間違いはなかったと、今でも思っている。
でも、実はレースの直後はずいぶん葛藤した。「俺がディープスカイに乗っても勝てなかっただろう」とか「四位だからディープスカイは勝ったんだよ」って。
(167頁)

読んでいて胸が痛くなる記述ですが、これでこそ男・藤田伸二なんだと思います。
これでディープスカイに乗ったら藤田ではないし、僕もそんなことを知ったらファンを辞めてしまうだろう。
繰り返しになりますが、義理人情を大事にする調教師もオーナーも沢山いるはずで、そういう人と人との巡り合わせで、まだ藤田には大きいレースを勝って欲しい。


藤田は前の自伝「特別模範男」で滋賀に豪邸を建てたと書いていましたが、本の最後の最後の記述によると今は家族共々札幌に居るようです。


正直、藤田がいつ引退するか分かりません、来週かもしれないし、数年後かもしれません。本人も分からない、と書いています。


ただ、これまで滅茶苦茶に長く書いてきたとおり(まさかここまで長くなると思わなかった。自分でも長すぎだと思います)、藤田伸二は騎乗技術は勿論
義理人情にも厚く、気配りが出来、様々な視点から競馬界について語っているように、頭も良くて切れているし、表現力も豊か。


この本は一人の実力派現役騎手が、現状の競馬界を憂い、本当に様々な角度から、色んな人の実名や馬名を出して、真剣勝負で書いてある本であることは間違いないと思います。
そんな男が41歳にして引退してしまうのはいかにも惜しい。まだ望まれる限り騎手としてフェアな騎乗の上に成績を残して、名勝負を繰り広げて欲しい。
そして力尽きて引退するときが来たら、ここまでの実力を持って、様々な経験と頭の良さを持った以上、競馬界にさらに尽くして欲しい。
アンカツさんのような評論家や、岡部幸雄さんのようなJRAアドバイザーは難しいとしても、沢山の選択肢があると思います。



古の武士のような義理人情と個性と実力を持った男・藤田伸二には、死ぬまで「自分の世界」を貫いて欲しい。ただただそう思います。


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