エレカシブログ 俺の道

ロックバンド・エレファントカシマシのファンブログ

『地元のオッサン』になり「地元のダンナ」を知り行く

いや単に経年劣化というか、ただのオッサンになりつつ自分なんですが、「ああ、そういうことなのか!」と最近は「地元のダンナ」の歌詞や心境がスッとココロに染み入って来る。

地元のボウズ かつてはどでかい何かを追ひかけて。
地元のボウズ 愛情と友情と道徳の全てをうけもった。


地元のダンナ どこやら卑屈な笑顔でしみじみと。
地元のダンナ どこやら卑屈な笑顔でしみじみと。


結局何にもしてねえ。
高みをのぞんでは敗れゆくのが・・・

もう今更だけれど、子どもの頃は「黒いバラとりはらい 白い風流し込む」と革命気味に意気込んでいた。けれど結局は年を取って、革命なんかは出来ずに「俺も若い頃はよう・・・」と自嘲あるいはため息ばかりつきながら愚痴や文句を言う大人を何人見てきたか。
そんな大人を見てきたと思ったら、最近はそんな大人になる自分が段々と想像出来てきてしまった。


衆院選があった日曜日は新幹線に乗ってたんですが、隣に乗ってた「ザ・地元のダンナ」のような人が連れ合いの人に「俺が若い頃は・・・」ってずーっと自慢げに話すんですよ。もう「安倍晋三なんかとんでもない、あんなヘナチョコ若造野郎が。俺だったらもっと日本を変えられる」ぐらいのことをどんどん言う。
うーむ、この人は今日はどこに投票したんだろう?と聞いてたら、「選挙なんて行っても変わらないから投票券なんて破り捨てた」らしい(笑)。いや選挙にも行かず、立候補もせず、ただ新幹線で友人らしき連れ合いの人にそんなこと言ったって世の中何にも変わらないじゃないですか、とも思ったけれど(きっとあなたの周りにもこんな「地元のダンナ」は沢山居るはずだ)、日本開闢以来いや世界中でこんな歴史が連綿と続いてきて、それでも地球は回っているということはある種この人たちの果たす役割というのは凄く大きなものなんじゃないか。一周回ってそんなことを考えている。

『で、僕らも敗れ行く一人のおっさんなんですよね。死にますし。人間は全員、破れ行くんですよ、っていう意味です。で、商店街のオヤジは、自分が敗れ行くから蘊蓄を述べるんですよね、これは。どんどん話が長くなるでしょ、オヤジって。敗北の証ですよね。でも僕も”地元のダンナ”なんですよ。あなたも”地元のダンナ”だし、っていうことかもしれないですよね。破れ行く、敗北してゆく、そして死んでしまう』
(PAO Vol.39 「町を見下ろす丘」全曲インタビュー(完全版)より)。


敗北を知っているのに、宮本浩次はその先に何を見て、どう日々を乗り切っているのか。そこまではまだ分からない「地元のオッサン」です。



通勤用に「好きな曲を適当にプレイリストに放り込む」ことをしていたら、たまたま(あまり考えずに)プレイリストのラストがこんな順番になっていたんです。


ボブ・ディラン Blowin' In the Wind
  ↓
ボブ・ディラン Like a Rolling Stone
  ↓
エレファントカシマシ 友達がいるのさ(野音 秋)


この流れが凄く良くて、実際に泣きはしないけれど、時に泣きそうになるくらいにカッコいい。特に通勤の時、「これから仕事だ」ってな時には本当にココロに染み込んできて。もうこの三曲で大体15分くらいあるんですが、職場まで15分くらいの距離になると、逆算して「Blowin' In the Wind」からの三曲を聴いてしまう。琴線に触れるというのはこういう事を言うのか、ぐらいに泣きそうになっちゃって、「また今日も働くか」ってな気分になります。オッサンの良い歌声というのは軽く国境を越えるようです。是非一度お試し下さい。



そして明日、下北沢に行ける方はこの寒風を吹き飛ばすほどの熱気を持ってドーンと楽しんできて下さい!