エレカシブログ 俺の道

ロックバンド・エレファントカシマシ、宮本浩次ファンブログ

確かに「どんな日々も過ぎ去りゃ今は昔」かもしれない

と、『約束』を繰り返し聞いてると、確かにそう思う。


この間友達と話してると「昔も今も俺たちは人見知りだけれど、昔に比べりゃ楽になったと思わないか?」という話になる。
言われてみれば確かにそうで、新しい人と会う度に極度の緊張をして、その後グッタリとした昔に比べればまだマシになっている。
なんでそうなったかと少し考えて、「経験って減らないからね」と僕は答える。


年を経るにつれ、その年齢は減ることは決してないけれど、経験は減ることはなく、日々着実に増えていく。
それこそ生まれてから対面した人の数なんて増えはするけれど、決して減りはしない。生涯で失恋した数も増えるけれど、減りはしない(こちらは増えたくないけれど)。
例えば昔ショックなことがあって、それを例えば数字に替えると50だったものが、その後人生を重ねて色々なショックや悲しいことがあって、その後のショックを100とすると
50のショックも相対的に30とか20とかに減った感じがして、10になっていって、最終的には段々どうでもよくなってくる。
「18歳のときにこんな恥ずかしいことしたな・・・、でも24歳の時にもあんなことやったし、こないだもいい歳してこんな失敗したな」云々。
「まあ18歳なんて若いし、どうでもいいか」「言うなれば一回り昔の時の話だ」。自分で自分を誤魔化してるのかもしれないけれど、そんな感覚になってくるんです。
よく言えば「人生の経験が豊富になってきた」、ちょっと悪い言い方をすれば「色々と鈍感になってくる」。顔の面が厚いってのはこういうことを言うのかもしれません。
ただそのくらい鈍感にならないと、まだまだこの先の人生には色々あるだろうから、生きていけないかもしれない。鈍感になるのは人間の本能なのかもしれない。


そんな話を友達と話して、家に帰ってぼんやりと野音で『約束』を歌う宮本浩次を見ていると、「ああ、そういうことなのかも」と手元に歌詞カード引っ張りだして思ったりします。


宮本浩次著 明日に向かって歩け! 69頁より。

人間三十四歳くらいになると、随分、幻想やら、人生に対するロマンが減る。経験が豊富になるからね。
初恋の衝撃や胸の痛みもとうの昔に経験済み。あらゆるものに喰ってかかった激情もやや忘却の彼方へ。ああ、そのかわりドーンと来るんだ。
なぜか涙もろくていけねぇ。センチメンタルでいけねぇや。
俺、二十八、九歳くらいまで、思えば青春の大修業時代。古本の山、井の頭公園、狭いアパート、そして文豪と歩いた気になってた東京の街・・・。
そんな美しき幻想は老後の楽しみ。今の俺、生身の体でトコトン勝負と思っている。
まあ、きっと皆、そんなもんだろう。
幻想が無くなったかわりに、どんどんシンプルになっていく。そんな気がする今日この頃。

友達と話しているときに、割と瞬時に「経験って減らないからね」と自分なりの答えが出たのは、こんな宮本の文章を何度も何度も読んでいて
それから勿論『約束』も何度も聞いていて、それらが頭の中に染みついていたからかもしれません。
人生の、そして男としての先輩である宮本浩次からありとあらゆるメッセージを受けていて、それがふとした拍子に口に出た気がします。


それを書いた宮本の年齢に着実に近づきつつあります。あんな格好良くて熱くて真っ直ぐな男になれるだろうか?



参議院議員の松田公太さんのブログに出た『男子三日会わざれば刮目して見よ』という言葉が格好いい。
http://ameblo.jp/koutamatsuda/entry-11503256648.html





隅田川沿いの夜の桜並木。撮影したのは俺です、・・・と言いたいところですが、相変わらずのロゴ先輩。