エレカシブログ 俺の道

ロックバンド・エレファントカシマシのファンブログ

明日は間違いなく晴れるだろう

今日の東京は本当にいい天気で、明日も天気予報によれば初秋の青空が日比谷公園を包み込むように照らしてくれるようです。

(これは今日のじゃないんですが、「小田原城天守閣からの青空」)。


・・・と、冷静を装っていても、全然冷静じゃないんですよ。どう考えてもいつものライブ前とは違った緊張感。
宮本は元気だろう、メンバーも出てくるだろう。でもどんな形式になるのか、どのくらいやるのか。全く想像がつかない。
高揚とも心配とも言えない不思議な感覚です。ソワソワしたり、考え込んだり。まるで「流れ星のやうな人生」のよう。


自覚はしているのですが、ここ10日ぐらい異様なテンションで、(いつも異様なのに)さらに異様な記事をガーッと書きまくっているので
例えばニュース見てGoogle検索して初めてこのブログを見た人は「なんじゃこりゃ、エレカシって(色んな意味で)凄いんだな」と
思って引いてしまうかもしれないのですが、おかしいのはこのブログの書き手です(笑)、多くのファンの皆さんは健全です。


ただ自己弁護するわけじゃないですけど、自分の好きな人やアーティストがただならぬ病気にかかって、動揺しない方がおかしいと思うんですよ。
逆に冷静すぎたらそれはそれで怖いと思います。繰り返しになっちゃいますが、このブログ(の書き手)はおかしいんですけど。


数年後、宮本が元気にライブで走り回ってるのを見た時に、ここんところ、すなわち2012年10月ぐらいの記事を自分で見返したら
「ってか当時こんな恥ずかしいことを変なテンションで書いてたのか・・・、それこそ『穴があったら入いりたい』なあ」とか思うでしょうけれど
それはそれで生きている証というか、今現在の心境を今現在のテンションで書いたらこうなってるわけで、多少恥ずかしいけれどしょうがない。
また僕にとってエレファントカシマシは「多少恥ずかしいけれど、そんなことどうだっていいや」と思えてしまうぐらいの存在です。


あとは行けない人の気持ち、憤りやらやり場の無い怒りも分かるというか、それこそ2010年のコットンクラブを思い出してしまって
もうTwitterやブログや掲示板で流れる情報を見るのが嫌になってしまう。宮本が動いて歌って、多くのファンはそれを見ているのに
俺は(私は)なんで見られないんだろう、みたいな気持ちは、二年前まさに僕が経験した感覚で、情報に接するのすら嫌だと思います。


けれど「そんな人たちの分まで見てきます」なんて格好いいことは言えず、「チケット譲って下さい」と紙で書いている人を横目に
「誰に対してだか分からないけど、ごめんなさい」と訳の分からないことを思いながら、明日入場することになりそうです。
みんなエレファントカシマシ宮本浩次が大好きで、でもちょっとの運なりタイミングで入れなかったり入れたりしてしまうのは残酷ですよね。


と、そういうことを考え過ぎると、明日の宮本の声も純粋に聞こえなくなってしまいそうなので、明日は一眼レフを持って行って
日比谷公園の初秋の様子を撮りながら、「ついでに宮本浩次の声を聞きに行こうか」ぐらいの気持ちで挑もうと思います。
そんなことを考えてる時点でドキドキしているというか、通常のテンションじゃないってのがバレてるんですけど(笑)。


病気の発表と日比谷・大阪野音中止以降は「東京からまんまで宇宙」の『必ずまた帰ってくる』部分が頭の中をリピートしていたのですが
宮本浩次の無茶振りによる日比谷野音公演決定以降は「too fine life」が頭の中を流れるようになっています。


公演終わったら客電と退場SEさっさと流してくれないかな、といつもと逆のことを思ったりします。
いつもは客電付いて退場SE流れると「もう終わりか」と残念に思うのですが、明日は早く客電つけて退場SE流してくれないと
「宮本ー!」「ミヤジ!」って歓声が上がりまくって、宮本それに耐えきれずにまた再登場とかしちゃいそうなので
もう終わり、となったらさっさと終わってさっさと帰りたい、といつものライブとは真逆のことを考えたりしています。


とにもかくにも無理せずに体調第一で望んで貰いたいです。


どうなろうと明日の日比谷野音は晴れるだろうし、この先悪いようにはならないはずだ。