エレカシブログ 俺の道

ロックバンド・エレファントカシマシのファンブログ

「東京プレイボーイクラブ」2月4日公開です

エレカシの「パワー・イン・ザ・ワールド」がエンディングテーマとなった映画「東京プレイボーイクラブ」が正式に公開となります。
初日となる2月4日には舞台挨拶もあるようです(宮本浩次は出ませんけど)。


http://tokyoplayboyclub.jp/


【初日舞台挨拶のお知らせ】

お待たせいたしました。初日舞台挨拶を行います!
祝!初日を多くのお客様とともに迎えられますと幸いです。ぜひ劇場にお越しください。
みなさまのご来場を、キャスト・スタッフ一同、心よりお待ちしております。

■日程:2月4日(土)
■時間:14:30上映後  16:40上映前
■場所:渋谷・ユーロスペース http://www.eurospace.co.jp/
■登壇予定者:大森南朋さん、光石研さん、臼田あさ美さん、淵上泰史さん、三浦貴大さん、奥田庸介監督
■チケット:初日舞台挨拶回専用のチケットはチケットぴあにて販売いたします。


この映画を思い出したのが、実は先日の芥川賞受賞のニュースを見てた時なんです。
全文掲載:芥川賞受賞会見・田中慎弥さん


まあこの会見を文章で見ても、会見の模様を見ると(あくまで僕の主観ですが)態度悪いんですよ。
それで、この「東京プレイボーイクラブ」の監督の奥田庸介さんも、前回の舞台挨拶を見ると(こちらも主観ですが)態度は悪い。


そういう会見が世間に出てくると、こういう記事も出てくる。
芥川賞の田中氏、もう少し神経を使っては…
でもね、「態度なんてどうだっていいじゃないか」と思うんです。両者ともクリエイターなら評価は作品でされるべき。
もし態度が悪いことによって、人に好感持たれなくて、自分の作品が世に出にくいこともあると思うんですが、それは本人の責任。
また作品が本当に良いものならば(例え態度が悪かろうが)周りの人が「これは世に出るべき」と色々頑張って、結局は世に出ることが多いと思う。
逆に「あいつの作品はあんまり面白くないけれど、態度がいいから世に売ってやろう」なんて編集者の人が居れば、それは読者にも失礼だし
言葉は厳しいけれど編集者としての資質を疑ってしまう。
「態度は悪くて接するのも面倒だけれど、この作品は絶対に世の中に出したいから、あらゆる困難があっても世に出そう」と頑張るような編集者に
憧れを持つし、そういう作品ならどんどん接して買いたいと思う。


こういうぶっ飛んだクリエイターに必要以上の常識や礼儀を教え込んで、逆に作家や作品の狂気性だったり衝動性が削がれてしまっては
まさに本末転倒、文化や芸術なんかは育たなくなってしまうと思います。
「とにかく作品を書きたくて、ひたすらに書いてみた」という作品と、「作家になりたくて、常識身につけて礼儀を身につけて
なんとか本を作って貰おう」という作品だったら、どう考えても前者の作品を読みたい。そんな作品が増えるべき。


なので上記記事を書いたサンケイスポーツの記者の方は

かつて大御所たちが受賞者に名を連ねた芥川賞作品は、読まないと世間から遅れる、といった
一種の“義務感”もあって多くの人が読んだものだ。しかし、本離れも進むこの忙しい時代、よほどの
インパクトがないと世間の話題にもならない。前回の受賞者が誰だったかも覚えている人はごく少数だろう。
ましてやこんな会見を見てしまうと、人はどうあれ筆者は受賞作を読む気は起きない。
表現をセールスするのが作家で、書くときはそれこそ一語一語に心血を注ぐのだろうが、しゃべる方も
もっと神経を使わないと損するのではと老婆心ながら思う。

と締めてますが、僕はこの方とは考え方がまるで逆なので、この会見を見てこの作家とこの作品に興味を持ってしまいました。
まさかこの田中さんがそこまで計算に出て「態度悪く」してるわけじゃないんでしょうけど(笑)、少なくとも僕は
この記者の方とは考え方が違っていて、逆にこういう変な「同調圧力」みたいなのが今の社会を息苦しくしている
一因なんじゃないか、と思ったりします。クリエイターに限らずもっと尖ってたり突き抜けていいと思うんですよ。
(逆に記者たちの人には「もっとまともな質問出来ないんですか?」と思ってしまいます、投げてる質問のレベルが低すぎる)。
また「義務感」で読む本なんて面白くもなんとも無いだろうに。そんな感覚で読まれたら作家も嫌なんじゃないかなあ。


芥川賞受賞の会見(とそれにまつわるニュース)を見て、そんなことを思って、そして東京プレイボーイクラブを思い出しました。


どう思いますか?何でもいいのでコメントなり意見下さればと思います。