エレカシブログ 俺の道

ロックバンド・エレファントカシマシ、宮本浩次ファンブログ

宮本に甘い、けれども俺は・・・。

今回のホールツアー、特に地方部では空席が結構あって、これからのツアーも
その可能性が高いかも、という話を聞いて真っ先に思ったこと。
「空席見て、宮本の機嫌悪くならなければいいな」。
そんなことを考えてからまた数秒後、「その発想自体がおかしいぞ、俺」。


もう自戒込めまくりで言うんですが、僕はちょっと宮本に甘すぎる。


そんな空席があるから宮本の機嫌が悪くなるかも、なんて少なくとも一ファンが思うことではない気がする。
第一「機嫌悪くなるかな」と思っちゃってる時点で客観性は完璧になくなっている。
(ファンに客観性が必要か、という問題はここではちょっと置いておきます)。


当たり前ですが宮本浩次エレファントカシマシはプロのミュージシャン。しかもベテラン。
例えばライブでミスしたり、曲の出来が良くなかったら批判されて当たり前。
(後者の曲の出来、というのは個人的な要素が多分にあるので何とも言えないんですが)。
明らかなライブのミスだったらいくら非難されたってしょうがない。


でも僕は宮本に甘すぎる・・・。


例えばこの間の戸田市文化会館のミスは結構致命的だったと思うんです。
仮にエレカシファンの人の初めてのライブが戸田だったら「こんなに歌詞間違うバンドなの?」と思われて
もしかしたら二度と足を運んでくれなかったかもしれない。歌詞間違いを聞きながらそんなことを思っていました。
でも僕は「次に期待したい」と思ってしまう、そしてそのまま書いてしまう。
しかし「次がある」というのは僕が恵まれすぎた環境にあるせいで、前回の戸田が最初で最後の参戦だって人も
勿論沢山居る。色んな事情があって行けない人も沢山居ます。人生いつだって一期一会。毎日がラスト・ゲーム。


ライブでのミスは基本的に許されない。プロなんだから宮本の機嫌をいちいち気にする必要はない。


・・・分かっている。理論的には分かってるんだけれど、でもそんな冷静さや理屈を超えゆくものがこの世にはある。


僕は宮本のことが好きで、そして心の底から信じている。


上で「次に期待」と書いたのも、宮本は(いい意味で)これまでも何度も期待を裏切ってきたからだ。
去年「新曲どうなんだろう」と考え込んでた時期もあったけれど、発表された「彼女は買い物の帰り道」で号泣してしまった
戸田市文化会館で「今回のホールツアー、大丈夫かな」と思っていたけれど、中一日置いた神奈川県民ホールで見事復活していた。
そんな例は挙げていたらキリがないんですけど、「大丈夫かな?」と勝手に思っている僕をあざ笑うかのように
「ドーンと行こうぜ!」と良くも悪くもハチャメチャに期待を裏切ってくれたのは、いつだって男・宮本浩次だ。
最終的には期待を裏切らない男、想像もつかないようなことをしでかす男、宮本はそういう人間だという確信を僕は持っている。


考えてみれば、長いようで短い人生、これだけ好きになる人を見つけられるだろうか、なんてことを思う。
そりゃ僕の場合女性は別としても(笑)、こんなにも男が男に惚れる人間に出会えるだろうか、と考える。
ちょっと宮本以外、宮本以上には想像がつかない(勿論尊敬している男の人は沢山居ますけれど、宮本は別格だ)。


とどのつまり結論として「こんなに宮本に惚れちゃったんだから、客観性を失うのもやむを得まい」。
どんなに宮本がミスをやろうが「次に期待」、何を言おうが「また先生訳わからないことを言ってる」。
どう考えても音楽ライターや評論家としては大失格。でもいいじゃん、一ファンなんだから(結論それかよ)。
去年のコットンクラブ上映会で渋谷陽一さんが「エレカシファンはエレカシに甘い。もっと厳しい突っ込みを」
ということを言っていた。至極正論だと思う。でも正論で動かないモノは世の中にはいくらでもあって
逆にそういうものほどパワーが強かったり、人を動かしたりする。革命だって瞬間と情熱と熱狂の積み重ねだ。


恋愛じゃ無いけれど、理屈や理論を超えて人(宮本)を信じる力、愛する力が必要だし、それが今はまだまだ満ちあふれてる。
これからも上がったり下がったりというバイオリズムはあるだろうけど、こんな調子でずっとエレカシファンを
続けていくんだろうなあ、とそんなことを初夏の夜に月を見ながら考えてしまいました。
(宮本大好き総編集長・山崎洋一郎さんなんかはこの気持ち、一ミリぐらい分かってくれないかとも思ったりする)。




いやー、今回の記事はいつにも増して痛い、バカなこと書いてるなあ、と自分でも思っています。
こないだちょっと時間があってこのブログの過去ログ見たらもう痛さ満載なんですよ(笑)。
おいコラ俺、そんなにいきがるな、何訳わかんないこと書いてるんだ、人様に迷惑かけてんだ、の嵐で
思わず目を背けたくなる記事も沢山。手で目を覆う記事もいくつか。
今日の記事だって将来の自分が見たら「何書いてんだ」と思ってしまうだろう。それはもしかしたら明日かもしれない。
でも昔を恥ずかしがるということは、ほんのわずかかもしれないけれど、自分が成長してる証だと思うんです。


というようなことを、また未来の自分が「恥ずかしい」と思ってしまうだろう(笑)。
でも結局のところ、人間死ぬまでその繰り返しなんじゃないかと思ったのも事実。
いつかのライブで「さよならパーティー」の前のMCで宮本は「恥ずかしい思い出ばっかりだぜ、俺の人生」ということを
言っていた。それが真実というか、少なくとも宮本の実感であることは確かだろう。
僕が敬愛してやまない宮本が言っているということは、人生の真理の少なくとも一片は突いている、はずだ。


いつまで生きられるか分からぬ人生(特に震災後はそれを痛感しています)。
ここまで惚れる人間が出来たんだから、ドーンと惚れ込んで、ドーンと信じ込んでみよう。
それで本当に裏切られたのならば、自分に見る目がなかっただけだ。


そんなこんなを思いながらもこれからも宮本浩次エレファントカシマシを応援して、信じていきます。